haricoのひとりごと・・・オーダーのお洋服を作っているときは、ずっとご注文頂いた方の事を考えて、「気に入って頂けるように・・・」と祈り続けながらミシンを踏む。限られた短い時間の中でそう思う事は賭けに等しい。そんな頭の中のまま出来上がり言ってみたら、私の中からお客様を見た『形』になって出てくる『卵』みたいなモノかもしれない。私のフィルターが間違っていたら、お客様には気に入って頂けないだろう・・・出来上がったその私の分身『卵』をかかえてお店の扉を開けて行かれると、「あの子はその後どうしたかしら・・・・」と心配になるものです。時間が経って、その「卵」が「白鳥」になるが如く、お客様を輝かせてharicoに帰って来てくれると、何とも言えない親子の対面のような感覚になります。「よかったね・・・」と語りかけたくなります。


haricoのひとりごと・・・ここんところ、休日らしい休日はとっていない。仕事の山を眺めては、下を向いて一歩一歩歩いている状態だ。いつの間にか『休む』という気さえおこらなくなってきた。這いずってでも、少しでも前に・・・と思うのだ。しかし、体はそんな魂に付いて行けなくなってしまってる。ここで気持ちの入れ替えが必要なんだと思う。眠らないサメのように仕事が生きがいの私。疲れていてもミシンの前に座るとなんとかなってしまう。魔法のような気もするが、魔法が解けた時に体が現実に戻るのだ。・・・・話は逸れるけど、私からミシンをとったら何にも面白くない。取り柄のない人間。ミシンを通して自分を表現できていると言っても過言ではない。いつからかミシンは自分の化身のような気が強くなっている。ただ布と布を縫い合わせるだけの機械。縫い合わせ、形ができて行く様は何とも言えないワクワク感。素材の組み合わせ、形の組み合わせでいくらでも作れるのだ。できた洋服を身に纏った瞬間までにも感動は続く。そんな出逢いは誰にでもあるものではない。これを幸せと呼んでもいいと思う。ミシンと共に年老いてゆけたら、尚更いい。その為には、健康でなければね。明日から改めよう!!


haricoのひとりごと・・・人は美しい「人」や「モノ」に引き寄せられます。これは仕方がないことです。最近思う事は、人は家に例えられるのではないかということです。美しい外観の家は周囲から羨ましがられ、どんな人が住んでいるのか興味の対象になります。問題はこの家の中です。外観は美しいのに家の中がゴミ屋敷だったら、幻滅します。逆に美しくない家には誰も見向きもしないかもしれないけど、家の中はとても綺麗だったりするかもしれません。見た目が全てではないのです。その代わり、人を招き入れなければ、本当の自分を分かってはもらえない。1番いい方法は、「自分らしい家」を発見することです。「なんか、あの家いいよね。綺麗ではないけれど・・楽しそう」と思ってもらえること。完璧な家などないのだから、自分が居心地よい家を作っていく。そこへ、招きいれた人達が「この家って気持ちが落ち着くね」と言ってもらえたら、外観の美しさなんて意味を持たなくなると思うのです。私は心が「美しい!!」と思える人に会うと、本当に嬉しい。「発見!!」って叫びたくなる。・・・・ちなみに、ハルカイの部屋はすっごく汚いけど、私が出会った人の中で1番心が「美しい」と思っています。(このギャップなかなかです)


haricoのひとりごと・・・お葬式でのこと。いとこのコウ君カア君が集まると、子供パラダイスになる。みんな男の子だから気が合うのだ。お通夜の夜は水田家でお泊まりになった。帰りにコンビニでアイスやジュースを買って気分は高ぶる。そんな子供達に、私も楽しくなってくる。ホントならもう寝なきゃならない11時半。お風呂に入って気持ちよく出た頃「オセロ大会しよう〜!!」といらなくなったカレンダーの裏にトーナメントを書いてゲームが始まった。思考回路が停止しているパパに勝つ絶好のチャンスとばかりに挑んだが、やはりパパが優勝しました。火葬場での待ち時間、お菓子の紙を使って折り紙をし出すとゲームに夢中だった子供らも必死で手裏剣を折り出した。伯父さんも頭の体操!!と言いつつ「鶴」を折り出した。遂には家族中がお食事の為に敷いていた紙を使って折り出した。昔あんなに折っていたのに、忘れてしまっていて、記憶を辿りながら色んな折り紙ができました。子供達はいくつも折った手裏剣を大切に持って帰りました。これも何年かしたら思い出になるのね。なんだか不思議です。

haricoのひとりごと・・・毎週火曜日は漢字テストの勉強の日。漢字が苦手なハルカイであるが、少し変化が現れた。「勉強は楽しく!!」をモットーにママなりに考えたホワイトボード作戦、クイズ作戦、ハイタッチ作戦。。これらが実を結び出した。「ママ〜一緒に漢字の勉強しようよ」と誘ってくる。「ママと勉強するのが楽しい!!」と言ってくれたのだ!めちゃくちゃ嬉しかった♡出来なくて泣く事もあるけど、できない自分に腹が立ち泣くのである。これはとてもいい事だと思っています。感情に振り回されて前に進めなくなった時に、ママからの励ましの言葉で我に返る。選ぶ言葉でこんなにも前向きになるんだと実感する事がよくあります。何の為に勉強するのか、何故必要なのか、子供に分かるレベルになって真剣に話すと必ず分かってくれます。選択する力、感動する力、他人の心を読む力。学校の成績表にはないことだけど育てていきたい。


夏が来るのが楽しみ〜なんて思える服ってのも季節を楽しんでいるようで嬉しくなります。
haricoのひとりごと・・・21日の午後、主人の祖母が息を引き取りました。86歳でした。信念を貫き、気丈で人に迷惑を掛ける事を嫌う性格でした。時代を真っすぐ見つめ、私の中ではおばあちゃんに聞いた事が一番正しいんじゃないかと思っていました。お店を始める前もおばあちゃんに相談すると、「ゆきちゃんなら大丈夫、着物をほどいて服を作りな」と強く勧められた。おばあちゃんが言ったからと言う訳ではなかったけど、何となく始めた着物のリフォームはharicoの最も得意分野になってしまった。私が作った着物生地で作った巾着も大事に大事に使っていてくれた。引き出しの奥からはハルカイの写真で作った缶バッチが出てきた。あげた事さえも忘れていたのに、大事にとってくれていたのだ。まだ39年しか生きてない私が言うのも気が引けるが、老いていき死ぬ事は自分をむき出しにしさらけ出すことなのかと思う。今までの生き様が集約されるのだ。おばあちゃんは「生ききった」と思います。全力で後悔などなく、なのでお葬式は「お疲れさま会」のようだった。勿論涙は付き物だけど、血が繋がった同士冗談言って笑い合い、思い出話に花が咲く。クタクタになって変える車の中で「あ〜楽しかった!!私が死んだら棺桶の中に沢山の布とハーゲンダッツのマカダミアナッツを入れてね。」と呟いた。2、3日仕事をしなかったせいか視界は良好、体調は良くなった。これもおばあちゃんの計らいであろう。。。。。ありがとう!!

haricoのひとりごと・・・子供の頃、好きだったモノ・コトってなんですか?結構忘れかけた記憶を辿ると純粋に好きだった事が大人になってから、癒されたりします。私は、広告の裏に毎日せっせと絵を描く子でした。母が集めた布やレースを入れたカゴがあって、出しては眺めたり、イモムシのような布を丸めて縫ったモノを作ったり。絵本も大好きで、特に外国の絵には♡地元、新舞子は昔別荘地だったようで洋館を見てはうっとりしていました。(西洋かぶれだったんですな)林の中を探検し宝物を見つける(昔は不法投棄がよくあったんです)。母の下着のスリップを出しては、「ドレス」だと思い込み舞踏会をしたものです。。。。。。。。。あれ、???今の自分とそう変わってないですね(笑)

haricoのひとりごと・・・NHK深夜番組「アレは今どうなった」で、山一証券の破綻後の3人の社員の生き方を特集していました。1人は、マネーゲームに疑問を持ち、リストラなど困った人達にアドバイスする役所に就きます。1人は女性で、男社会だった証券会社から、男女平等外資系証券会社に転職し、めきめきと頭角を現し独立して本を出します。もう1人は、海外勤務の超エリート。何度もヘッドハンティングされ収入はうなぎ上り。。。しかし、ヘルニアになって一ヶ月入院し自分を見つめ直し、なんとピザ屋を始めてしまいます。。。。大きな壁、ハードルを超えると何かが見えてくるような。そうなる為に破綻したような。このお3方、何よりも「今」を楽しんでいます。「絶望」で全てをリセットし、そこから這い上がってきた人には、見えてる世界が違うかもしれません。
